大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)81号 判決 1963年10月17日
控訴人 原告 佐竹千代子
訴訟代理人 水田猛男
被控訴人 被告 国
指定代理人 山田二郎 外三名
主文
原判決を左のとおり変更する。
被控訴人は控訴人に対し金一九九、〇〇〇円及びこれに対する昭和三四年五月九日より右支払済にいたるまで一〇〇円につき一日金三銭の割合による金員を支払え。
控訴人その余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金一九九、〇〇〇円及びこれに対する昭和三三年一月一日より右支払済にいたるまで一〇〇円につき日歩一〇銭の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人指定代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の主張は、
控訴代理人において、控訴人の昭和二三年度の所得税額は六〇、四二三円で、これに対する控訴人の納付金及び被控訴人の滞納処分による徴収税額の合計は金三五二、九五三円で結局金二九二、五三〇円(最後の徴収日は昭和二五年一一月五日)が控訴人の過払となる。そしてその内に控訴人が昭和三四年五月七日現在被控訴人に支払うべき昭和二四年度所得税本税の滞納金九二、六一八円を充当すれば差引金一九九、九一二円が控訴人の昭和二三年度所得税の過払金で被控訴人より還付をうくべき金額となる。よつて被控訴人は右金員におそくとも昭和二七年一月一日より右支払済にいたるまで一〇〇円につき日歩一〇銭の割合による還付加算金(一年分を計算すれば金七二、六三五円、五年分で三六三、一七五円)を附して控訴人に還付すべき義務あるところ、本訴提起後控訴人は大阪国税局より昭和三四年八月金三一六、〇七八円の還付を受けた。控訴人はこれを右還付加算金の弁済に充当し、本訴において計算の便宜上一九九、〇〇〇円(過誤納金)及びこれに対する昭和三三年一月一日以降右完済にいたるまで元金一〇〇円につき日歩一〇銭の割合による還付加算金の支払を求める。
控訴人の被控訴人の抗弁に対する答弁、並に再抗弁等(原判決二枚目裏九行目以下三枚目裏六行目迄)を次のとおり改める。
一、被控訴人主張の昭和三四年五月七日現在における控訴人の滞納国税中昭和二四年度所得税本税分が九二、六一八円存することは認めるがその他はすべて争う。
二、かりに控訴人において被控訴人主張の原判決末尾添付の滞納税額表記載のように各滞納があつたとしても、右各税の納税義務はいずれも右表記載の各納期より起算して五年の経過と共に時効により消滅した。従つてその後に被控訴人が本件過誤納金及び還付加算金の一部を以て右支払に充当した旨の抗弁は理由がない。
三、被控訴人の滞納処分による時効中断の主張に対し、
(イ)昭和二四年度控訴人の所得税本税については滞納処分がなされたことは認めるが同利子税、同加算税や取引高税については差押がなされていないから、これらの分については時効は中断されていない。
(ロ)しかも被控訴人のなした滞納処分による差押は昭和二六年一〇月二〇日の公売を最後としいずれも公売は終了し、同月二五日控訴人に対し公売計算書(甲第三号証)を送付しているから、その翌日より更に時効は進行を始め、被控訴人がその主張の本件過誤納金の支払に充当したいという昭和三四年五月八日当時被控訴人主張の滞納税は既に時効により消滅している。
(ハ)被控訴人は昭和二五年五月一三日の差押物件中別表(一)の物件について公売は未だされていないので滞納処分完結せず時効は中断中であると主張するが、このような事実は否認する。所管税務署は最初昭和二五年二月九、一〇日の両日にわたり滞納者を控訴人の夫佐竹長太郎として同人及びその家族の所有品(娘の婚礼用衣服、息子の洋服類)並に商品全部を差押えた。右に対し家族佐竹貞子、同実より差押異議の訴を提起したところ、佐竹長太郎に対する昭和二三、二四年度の所得税更正決定を取消し、納税義務者を控訴人に変更し前記差押品中夫長太郎、娘貞子、息子実の所有と認められる物件は全部解放し昭和二五年五月一三日改めて商品全部を差押えたのである。この差押にあたり、物件を一々点検せず先の差押調書を利用して行つたもので、別紙(一)未公売物件はその番号よりみて同一の陳列棚に並列してあつたものに相違ない。被控訴人は同年九月一五日右物件を陳列棚に収受したまま陳列棚と共に引揚げ松坂屋百貨店の地下室に搬入公売処分を行つたもので、右物件だけ残しておく筈がない。もし引揚書に右物件を記載してないとすれば差押当初より右物件は差押物中に存しなかつたものである。そして翌二六年三月末頃被控訴人は右差押物件を一括競売し昭和二六年七月六日控訴人に対し公売計算書を送付したもので、右計算書には公売代金二九三、七〇〇円を昭和二三年度所得税再更正分に充当する旨記載されてあり、この公売計算書は滞納処分が結了したときに滞納者に交付するものであるから、この交付の点からみても右公売処分が結了したことは判然とする。更に被控訴人は昭和二六年六月六日の差押物件につき同年一〇月二〇日公売処分をし、同月二五日その公売代金一四六、〇〇〇円を昭和二四年所得税本税に充当した旨の公売計算書を控訴人に交付している。
と陳べ、
被控訴人指定代理人は、利子税及び延滞加算税は本税額の納付遅延によりまたは督促状指定の納付期限までに税金を完納しないことによりいずれも法律上自動的に発生する附帯税であつて本税と一体をなすものである。そして本件被控訴人主張の差押に際しては利子税額及び延滞加算税をも含めて差押を執行したのであるから本税のみならず、右附帯税額についても時効中断の効果を生じているこというまでもない。
被控訴人主張の未公売物件は別表(一)のとおりであるが、右は昭和二五年五月一三日に差押えられた物件の一部で爾余の物件は昭和二五年九月一五日引揚げて後公売をしたが、右物件のみは差押のままで控訴人方において保管されている。と陳べた。
外は原判決事実摘示のとおりであるからここにこれを引用する。(原判決三枚目表八行昭和三四年とあるは昭和二四年の、同五枚目表八行目原告とあるは被告の各誤記と認められるから右訂正する。)
証拠関係は、控訴代理人において甲第四号証、同第五、六、九一一、一五号証の各一、二、同第七、八、一〇、一二、一三、一四、一六号証を各提出し、当審証人水田猛男の証言を援用し、乙第六乃至第九号証の成立を認め、被控訴人指定代理人において乙第六ないし九号証を提出し、当審証人末原満輝の証言を援用し、甲第四乃至第一六号証の成立を認めた外、原判決事実摘示のとおりであるからここにこれを引用する。
理由
控訴人の昭和二三年度所得税額が金六〇、四二三円で、これに対する控訴人の納付金(計金五九、二五三円)及び被控訴人の滞納処分に基く公売代金による徴収税額(二九三、七〇〇円)の合計額が金三五二、九五三円で、結局その差額金二九二、五三〇円が被控訴人の控訴人に還付すべき過誤納本税額となることは当事者間に争がない。そして右過誤納を生ずるに至つた経緯、控訴人の右納付の金額及び年月日、被控訴人の右徴収の金額及びその年月日の内訳についての当裁判所の認定及びその理由は原判決理由冒頭より同理由二枚目裏八行目「過納本税額となる。」迄と同一であるからここにこれを引用する。但し同理由二枚目表一〇行目「甲第四、五号証」とあるを「乙第四、五号証」と、同三枚目表一行目「被告」とあるを「原告」と各訂正する。
そこで被控訴人主張の右還付本税及同加算金を以て控訴人の他の未納税金への充当をし残余の加算金の還付をしたという主張について検討するに、成立に争のない乙第一号証の一、二、同第二ないし第五号証に弁論の全趣旨を総合すると控訴人は昭和三四年五月七日現在において他に原判決添付滞納税額表記載の所得税及び取引高税合計二九七、九六二円の滞納をしていたので(そのうち昭和二四年度所得税本税について九二、六一八円の滞納のあつたことは控訴人も認める)、西成税務署長は同月八日控訴人に還付すべき前記過納本税額二九二、五三〇円の全部及び還付加算金(各公売代金をもつて徴収した日の翌日より右昭和三四年五月八日迄法定の割合により計算した合計額)三二一、五一〇円のうち五、四三二円を右滞納税金に充当したこと、右加算金残額金三一六、〇七八円について大阪国税局長は昭和三四年八月二四日控訴人に還付すべき旨支払決定をなし(内訳計算は別表(二)(三)のとおり)、控訴人に対し同年九月四日株式会社三和銀行萩の茶屋支店(日本銀行大阪支店代行)を通しこれを支払済であることが認められ、右認定を左右する証拠はない。次に控訴人は右滞納があつたとしても右各税の納税義務はいずれも右滞納税額表記載の各納期から起算して五年の経過とともに時効により消滅したと抗弁し、被控訴人は右各税及び昭和二三年度所得税について滞納処分がなされ、右滞納処分により時効が中断されたと主張するから、この点について審案する。国税の徴収を目的とする権利は五年間行わないときは時効に因り消滅することもちろんである(会計法三〇条参照)。
そして時効の中断については他の法令に特別の規定がない限り民法の規定が準用される(会計法三一条)。本件において昭和二三年度取引高税及び昭和二四年度の所得税並に取引高税の各本税額及納期限が原判決添附滞納税額表記載のとおりであることは前認定のとおりであるから右各税は権利を行使できる前記各納期の翌日からそれぞれ消滅時効が進行するものといわねばならない。ところが前記、乙第一号証の二、成立に争のない乙第八号証によれば西成税務署長(執行は大蔵事務官太田武男)は(一)昭和二五年五月一三日控訴人の昭和二四年度所得税、同取引高税、昭和二三年度取引高税につき控訴人所有物件(動産)を差押えたことが認められるから同日右各税の時効はそれぞれ中断されたものといわねばならぬ。更に右各証拠に成立に争のない乙第六号証を綜合すれば西成税務署長は右時効中断中更に(二)昭和二五年九月一六日前記各税及び昭和二三年度所得税につき控訴人所有物件(動産)を差押えその後(三)昭和二六年六月六日及び(四)同年七月三日の二回にわたり同税及び昭和二五年度所得税につき控訴人所有物件を差押えたことが認められる。
控訴人は右各税の利子税や延滞加算税については差押がなかつたからその分については時効は中断されていないと主張抗争するけれども、元来利子税又は延滞加算税は本税の納付遅延により、又は督促状により指定した期限迄に税金を完納しないことによりそれぞれ法律上自動的に発生する附帯税であつて、これは民法上の債務不履行による遅延損害金と同様に基本債務(本税)と離れ別に遅延損害金(附帯税)のみについて納期とか期限とかの観念を容れる余地なく、納付の遅延或は債務不履行の続く限り必然的に本税又は基本債務に加算されてゆく附加金であつてこれは当然本税或は基本債務と一体をなすものであるから(東京高裁昭和三五年一月二六日判決、高裁民集一三巻一号三四頁以下参照)本税について差押がなされた以上特別の事情のない限り右差押の効力は右附帯税にも及ぶものと解するを相当とすべきのみならず、右(二)の差押調書(乙第六号証)によれば本税のみならず利子税、延滞加算税についてもこれを徴収するために差押えた旨の記載があり、(もつとも「未算」として確定額を掲げていないが、附帯税の性質上差押当時はこれを算出確定することは出来ないのでこれを未算としたまでであつて、これを「未算」としたことは何ら右認定の妨げとならない。また、右利子税について取引高税のそれにも一様に「法五五条による金額」と記載され所得税の利子税についての所得税法五五条を取引高税の利子税にも誤記したものと認められるが右誤記あるがために取引高税の利子税について差押を無効としこれを除外する趣旨であるとは解されない。)右附帯税についても差押の効力が及んでいること明らかであるから、控訴人の右主張は採用出来ない。
控訴人は更に差押による時効中断がなされても公売手続の完了により更に時効期間は進行するところ、本件においては最後の公売手続の終了した昭和二六年一〇月二五日の翌日より五年を経過した昭和三一年一〇月二五日をもつて時効は完成した。と主張し、被控訴人は前示(一)の昭和二五年五月一三日の差押物件中別表(一)記載の物件は未だ公売せず、差押えられたままの状態にあるから滞納処分は未だ完了せず従つて時効は中断中であると主張抗争する。所管税務署長が控訴人に対し前記(一)ないし(四)の差押をしたこと前認定のとおりであり、成立に争のない甲第一、三号証に前記乙第一号証の二、成立に争のない乙第八、九号証にさきに認定の昭和二三年度所得税の公売代金による徴収金、その年月日を綜合すると、その後右(一)(二)の差押物件は昭和二五年一〇月二三日以降昭和二六年七月六日迄の間に公売され、その公売代金二九三、七〇〇円は昭和二六年七月六日昭和二三年度所得税の支払に充当され、(三)の差押物件は昭和二六年一〇月二〇日公売せられその代金一四六、〇〇〇円は昭和二四年度所得税に充当され、(四)の差押物件は昭和二六年九月二八日公売されその代金五万円は昭和二四年度所得税に充当されたことが認められる。そして成立に争のない乙第一号証の二、同第八、九号証に原審並に当審証人末原清輝の証言を綜合すると、別表(一)記載の物件は昭和二五年五月一三日右(一)の差押物件中に含まれ、所管税務署係官は当日右(一)の差押物件全部を控訴人に保管させておいたがその後同年九月一五日右(一)の差押物中別表(一)記載物件以外は悉皆大阪国税局大阪南常設公売場(松坂屋百貨店内)に引揚げこれを公売したこと、右(一)の差押当時差押物件は主として控訴人方店舗陳列棚にこれを格納し陳列棚を封緘して差押えたこと、右、差押物件はカツターシヤツ、靴下、ネクタイピン、手袋、香水、コンパクトその他種々の品目にわたる雑多のもの(商品及商品陳列戸棚)で相当多数あつたこと、別表(一)の物件は昭和三三年二月二七日においてパイプ一函五〇円の他は全部無価値に等しいものであること、右引揚の翌日九月一六日にも控訴人に対し差押(前記(二)の差押)がなされ即日その差押物件全部を右同所に引揚げていること、公売代金による徴税充当の計算書は差押物について公売処分が結了したとき納税義務者に交付される慣行であり、右(一)(二)の公売代金二九三、七〇〇円を昭和二三年度所得税に充当する旨の公売計算書が昭和二六年七月六日控訴人に交付されていること(甲第一号証)、(旧国税徴収法施行規則三〇条対照)、しかも右引揚後係官は右残置物件について何らの処置をせず、昭和三三年二月にいたり引揚物件表と(一)の差押調書の物件表を対照して別表(一)記載の物件について調査し、これを差押中(未公売)として時効中断の抗弁を提出する資料としていること、(そしてかりに被控訴人主張のとおり本件過誤納金と滞納税を適法に充当したとしても被控訴人は少くとも充当による滞納税の満足により別表(一)の物件についての差押は解除しなければならないところ今日にいたるも未だこれを解除した旨主張していないこと)を各認めることができる。右認定にていしよくする当審証人水田猛男の証言は措信出来ず、他に右認定を左右する証拠はない。
以上認定の事実関係の下では別表(一)目録記載の物件は昭和二五年五月一三日一旦差押えられたものであるが、同年九月一五日他の差押物件を引揚げるに際し、差押の効力を残す趣旨で現場に遺留せられたものでなく、むしろ差押はこれら物件につき黙示的に解放せられたものと認めるのが相当である。蓋し多数の差押物件の殆ど全部を引揚げ公売するに際し、その中の小部分を差押のまま現場に残留するには、それ相当の理由があつてなさるべく(例えば公売の上得らるべき予定金額と滞納税額との関係上今直ちに引揚げ公売する必要を見ないとか、運搬の便宜上やむなく一部を残すとか)残置した場合にも保管者にその旨告げて注意を喚起した上適時該物件について公売を進めるか解除するかいずれかの処置をすべきであつて、多年にわたつてこれを放置するが如きことは会計法、国税徴収法が公法上の債権債務につき時効の援用や時効利益の放棄を認めず、公法上の債務関係が早期に画一的に明確ならしめることを期している立法趣旨に反することであつて、もしこのような処置がなされるならば、処分庁の職権乱用ともなりかねないところである。また本件において右(一)の差押物件引揚当時(昭和二五年九月一五日)の国税徴収法第一二条(昭和二六年三月三一日法律第七八号による改正前のもの)によれば「差押フヘキ財産ノ価格ニシテ督促手数料及滞納処分費……ニ充テ残余ヲ得ル見込ナキトキハ滞納処分ノ執行ヲ止ム」べく、また当時の同法第三一条によれば「滞納処分ヲ……中止シタルトキハ納税義務ハ消滅ス」る旨規定し(もつとも右改正により同年四月一日以降は右三一条による滞納処分の中止による当然の納税義務消滅の制度は改変せられ、右改正後の第一二条において滞納処分の執行停止の制度を整備し第一項において停止の場合を追加規定し、同第二項において停止の通知、同第三項において差押の解除、第四項において執行停止の取消を、同第五項において滞納処分の執行を停止した国税及滞納処分費の納付義務は……その執行停止した後三年を経過した時において消滅する旨を規定するに至つた)右法意からみていわゆる中止とは差押物全部についてなされることを前提とするから、別表(一)の未引揚物件があつても大部分を引揚公売した以上中止にあたらぬことはいうまでもないが、少くともその残置物件については差押を解除したものといわねばならない。けだし、前認定の下においては右物件を特に残置しておく必要は認められず、又右引揚げに際して差押のままで別表(一)の物件について残置する旨保管人たる控訴人に告げた形跡なく、また残置物件が引揚物件に比して極めてわづかであり、その殆どが無価値なものである点、右引揚の翌日更に係官は控訴人方を捜索して前記(二)の差押をして即日その差押物を引揚げているのであつて、(一)の差押物件だけでは不足なればこそ翌日(二)の差押をしこれを引揚げる必要のあつたこと等よりみて、(一)の差押物中右残置物件にかぎり控訴人方に差押のままでこれを残置しておく必要性は毫も認められず、むしろこれを解除したればこそ引揚げずに残置しておいたものと認めるのが相当である。
してみれば(一)の昭和二五年五月一三日の差押物件中別表(一)の記載物件については昭和二五年九月一五日解除され残余は全部引揚げの上(二)の差押物件と共に昭和二六年七月六日迄に公売せられ同日充当計算書を交付して公売処分は完結したものといわねばならない。既に公売手続は終了し、売却代金の充当によるもなお滞納税金中満足をうけないものがあるとしても、差押による時効中断の効果は公売手続の終了により終止し、爾後残余の滞納税について他に特別の中断事由の主張立証のない限り時効は更に進行を開始するものといわねばならない。そこで被控訴人主張の差押についてその終了時期を考えてみるに前認定の(一)ないし(四)の差押は(四)の差押物件の公売が昭和二六年九月二八日になされ、(三)の差押物件の公売は同年一〇月二〇日になされ同月二五日充当計算書が控訴人に交付されていることが認められ(このことは前示甲第一号証乙第一号証の二により明白、なお(一)(二)の差押物件公売が同年七月六日に終了していることは前認定のとおり)、結局すべての差押はおそくとも昭和二六年末には終了しているものと認めることが出来る。してみれば、被控訴人が本件過誤納金の全部及び加算金の一部をもつて充当したという控訴人の滞納税は右起算日より五年を経過した昭和三一年末には時効により消滅したものといわねばならぬ。けだし、租税債権の如き公法上の権利については時効の援用、放棄の有無にかかわらず、時効の完成により当然権利は消滅するものと解するを相当とするからである(新国税徴収法第一七四条、会計法第三一条)。もつともこの点について昭和三四年法律第一四八号による改正前の会計法第三一条は消滅時効の中断、停止「その他の事項」については民法の規定を準用する旨規定し、援用、放棄がその他の事項に含まれるかどうかについて必ずしも明らかではない。しかし租税債権について納税者の任意の援用と放棄を認めることは、租税法律関係が公法的色彩(命令強制)をもつものであり、画一的平等的な国の債権の処理という要請から考えて妥当でなく、個人の意思の尊重という時効の援用放棄における民法理論はこの場合妥当せず、(すでに時効の完成により消滅した租税債権も相手方が援用すれば、訴訟上敗訴するような権利行使は行政としては妥当ではなく、また時効完成後の納付(放棄)もあるからとて何時までも台帳(徴収簿)を整理しないでおく如き事務処理は妥当でない)、公法上の債権については時効の援用を必要としないものと解するを相当とする(美濃部行政法下一〇五頁・出中行政法上一二六頁・大正七、六、三行判行録五〇五頁国税徴収法関係判例集(大蔵財務協会)(以下徴判集という)〔一一二〕昭和四、五、九行判行録五七八頁徴判集〔一八一〕参照)。
してみれば被控訴人がその主張の本件過誤納金還付金と還付加算金の一部をもつて控訴人の未納国税に充当した昭和三四年五月八日当時被控訴人主張の控訴人の未納国税は既に時効により消滅していたものというべく、然らば被控訴人の右充当は何らの効力がないから控訴人のこの点に関する主張は理由がある。もつとも充当があつた場合は充当適状となつたとき(充当適状の日は充当すべき国税及び滞納処分費が納期限を経過する時と過誤納金が発生した時のいずれかおそい時であり、充当の効果はこの時まで遡及する。充当すべき還付加算金の計算の終期もこの充当適状となつた日-旧国税徴収法第三一条の六にいう「充当の日」-である。桃井国税徴収法昭和三二年特七八六頁、なお新国税徴収法第一六二条二項同法施行令第六〇条参照)に充当相当額について国税の収納、還付金の支払があつたのと同様の効果を生じ、充当は国税債権を税法上生ずる反対債権により対等額で消滅させる行為でその性質は相殺であり(しかし民法の相殺と異り納税者の反対の意思表示(民法五〇五条二項)は認められないが)、現実に充当のなされた日から充当適状の日まで遡及効を有するが、国税債権が援用をまたず時効の完成により当然消滅すべきものと解する以上民法五〇八条は充当に準用する余地なく、かりに準用あるとしても本件においては本件過誤納金の発生したのは訴訟による昭和二三年度控訴人の所得税更正決定の取消によるものであり、右判決の確定は第二審判決の言渡のなされた昭和三三年一二月一〇日以後に属するから、時効により消滅したる国税債権の消滅前には未だ充当適状にはなかつた(過誤納金は生じていなかつた)から同条を準用する余地がない。
然らば被控訴人は控訴人が本訴において請求する一九九、〇〇〇円(過誤納金の還付金)及びこれに対する昭和三三年一月一日より右完済まで一〇〇円につき一日金三銭の割合による金員(還付加算金)を支払う義務あること明らかである(昭和三四年法律一四七号による新国税徴収法一六二条、一六四条、同附則二条・旧国税徴収法(旧法)三一条の六、同附則昭和三〇年法律第三九号第五項参照)。控訴人は還付加算金を昭和三三年一月一日以降日歩一〇銭の割合で請求しているが還付加算金については昭和二三年七月七日法律一〇七号による改正後の旧法三一条の六により一〇〇円につき一日一〇銭の割合による旨の規定があつたが、昭和二五年三月三一日法律第六九号(同年四月一日施行)により右一〇銭を四銭に改められ(なお、その附則九項において同年三月三一日までの分については日歩一〇銭の割合)、更に昭和三〇年法律第三九号(昭和三〇年七月一日より施行)により右四銭を三銭(なお附則五項参照)に改められ、右が現行新法一六四条に三銭のままで引継がれているのであるから、控訴人の求める期間の還付加算金については一〇〇円につき一日三銭の割合によるべきであるから、これをこえる控訴人の請求部分は主張自体理由がないこと明らかであろう。ところで被控訴人は控訴人に対し昭和三四年五月八日までの還付加算金を計算の上その一部五、四三二円(別表(二)の各始期よりこの金額にみつるまで加算金を計算すればその金額に充つる日が昭和三二年一二月末日すなわち控訴人が本訴で請求する還付加算金の始期の前日迄に到来していること計算上明らかであり、この金員すなわち初期に発生している還付加算金の部分で被控訴人が後記充当をしたものと考えるのが合理的である)を他の滞納国税に充当し、その残余の三一六、〇七八円を昭和三四年八月控訴人に支払つたという。右主張はもとより還付本税及同加算金は悉皆充当又は支払により消滅したことを主張するものであるが、前認定のとおり右充当が無効であつた場合においても、右主張は控訴人の請求する右五四三二円の加算金の生じた時期より後なる昭和三三年一月一日よりの還付加算金に対して、被控訴人は同日より翌三四年五月八日迄の分については支払済であるという抗弁を主張するものと解すべきであるからこの点について考える。被控訴人主張の右抗弁の期間中の法定の還付加算金が昭和三四年九月四日控訴人に支払済であることは各成立に争のない乙第二、四、五証に弁論の全趣旨によりこれを認めることが出来る。そして右計算関係は正当と認められるから、少くとも控訴人の本訴請求にかかる昭和三一年一月一日以降昭和三四年五月八日迄の加算金は控訴人に還付されているものというべきである。してみれば被控訴人の右抗弁は右限度において理由がある。控訴人は被控訴人より還付をうけた三一六、〇七八円は日歩一〇銭の割合により昭和二七年一月一日より五年間の加算金に充当したというけれども、右認定をくつがえし、控訴人の右主張を肯認するに足る資料はない。
してみれば被控訴人は控訴人に対し一九九、〇〇〇円及びこれに対する昭和三四年五月九日以降右支払済にいたるまで一〇〇円につき一日金三銭の割合による金員を支払う義務あるべく、控訴人の本訴請求は右限度において正当とし認容すべく、右をこえる部分は失当として棄却しなければならない。よつてこれと趣旨を異にする原判決を主文のとおり変更し民事訴訟法第三八六条、第九六条、第九二条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 宅間達彦 裁判官 増田幸次郎 裁判官 井上三郎)